星空ロマンス
パチンと小さな星を飛ばして、三蔵の親指がライターを弾く。
青白い炎が真っ直ぐに立ち昇るのをぼんやりと眺めていると、タバコの先が赤くチリチリと燃えた。
ひどく不透明な煙の先に視線をうつし、行先を辿ると、広大な星空に行き着く。
頼りなく消えてゆく煙の先が、あまりに果てしないので、悟空は眉を少しだけ下げた。
何度となく見上げた星空は、七夕と言えど、いつもと大差ない。
だからこそ、晴れたからと言って、恋人達が再会できたとは限らない。
ここではない何処かでは、きっと雨が降っているのだろう。
今朝八戒に、今日は七夕ですねと声をかけられなければ、七夕そのものすら忘れていた。
男四人の旅の中で、織姫と彦星のラブロマンスなどたいして意味を持たないのだ。
良く晴れた星空に、今日は会えてんのかなぁと呟いた所で、隣の三蔵はただただ煙を吐き出すだけ。
結局、七夕などこんなものだ。
特別なのは当人達ばかり。
願い事も約束も、果たされなくては意味がない。
日常に埋もれて、過ぎ去ってゆく。
ジープの助手席には、既に熟睡してしまった悟浄の赤い髪がサラサラと揺れている。
三蔵が珍しく後部座席にいるのは、砂漠の真ん中で切れたマルボロの代わりに、ハイライトを一箱譲ってもらったツケだ。
普段なら絶対に譲らないであろう助手席を譲ったのは、気紛れもあるだろうが。
カチリとライターの音がなり、再度視線を戻すと、2本目のハイライトに顔をしかめる三蔵と目が合った。
ライターの炎がチラチラと三蔵の瞳で揺れて、直ぐに消える。
暗闇の中で、三蔵が煙を吸い込む度にタバコの火が、暗闇に一つ光を放つ。
酸素を取り込んで燃えたタバコの火は、思いの外明るい。
遠くの誰かが気付けば、まるで広大な砂漠とゆう宇宙に瞬く、一つの星のように見えるのかもしれない。
遠くにいる大切な誰かを想って、胸を弾ませるかもしれない。
生憎、ただの生臭坊主のタバコの火でしかないわけだが。
天の川、綺麗だね。
そう呟いた声は、少し不安げに震えた。
何となく寂しくて、何となく切なかった、多分、悟空だけが。
三蔵は視線を逸らして大きな欠伸を一つ漏らした。
つまんねぇな、とでも言うように。
目尻に少し溜まった涙の粒を、邪魔そうに薬指で払う。
その仕草になんだか安心して、悟空は空に視線を戻した。
忘れてしまうくらいでちょうどいいのかもしれない。
願い事など、不透明なタバコの煙と同じで、いくら願った所で、この乾いた空気に溶けるだけだ。
三蔵が隣でタバコをくわえて、ライターをならし、顔をしかめ、欠伸を一つ。
現実なんてそんなものだ。
知らない織姫と彦星に胸を痛めた所で、悟空がなんとかできるのはこの現実だけ。
幸せだ、そう感じて瞬きした悟空の瞼を、冷たい指がそっと撫でた。
ユルユルと落とされてゆく視界。
ほんの少しだけれど、確かにそこにある三蔵の体温。
ホッと息をつき、悟空は目を閉じた。
もう何も怖くはなかった。
会えてると、いいな。
澄んだ空気に、透明に響いた悟空の声。
さっさと寝ちまえ、猿。
三蔵の低い声も、透明にツーンと響いて、悟空は口元だけで微笑んだ。
不透明な願いより、透明に響いたこの声の距離だけが、明日への希望につながると、強く強く信じて。
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